AIに自分の言葉を明け渡さないために、私は自分の経験を「資産」として残すことに決めた。長年ライターとして仕事をしてきた人間が、AIに使われる側ではなく使う側でいるために、実際にやっていることを書いてみる。
現場で実際に起きていること
きっかけは、AIに仕事を頼むたびに、同じ説明を繰り返している自分に気づいたことだった。
私はこういう仕事をしてきました。こういう経験があります。こういう言い方は好きじゃありません。こういうときは、私はこう考えます。毎回それを一から説明していたら、せっかくAIを使っているのに、そこがボトルネックになる。
しかも私には、過去のX、note、ブログ、Voicy、仕事の経験がそれなりの量ある。でも、それがバラバラに存在しているだけだと、AIは必要なときに全部を理解してくれるわけではない。だから、自分の中にあるものを少しずつ構造化することにした。
いま私が持っているのは、経歴や原体験を置く「総論」、そこから何度も繰り返し出てくる判断軸だけを残す「思想の原則」、語り口を保存する「文体」、そして数字や失敗、具体的な出来事を残す「体験ログ」の4つだ。AIは一般論を作るのは得意だけれど、私の人生は知らない。ここは人間側が渡さないといけない部分だと思っている。
新しく思ったことがあったからといって、いきなり「これが私の思想です」とはしない。まず総論に書き留めて、何度も同じ考え方が出てきたら、そこで初めて原則として昇格させる。ここをAIに勝手に決めさせないようにしているのは、AIに合わせて自分の考えを後づけで整えたくないからだ。
これを始めて一番変わったのは、AIに毎回ゼロから自分を説明しなくてよくなったことだった。そしてもう一つ、過去に書いたものが「昔の原稿」で終わらずに、次の発信を作るための材料になった。
なぜそうなっているのか
理由は単純で、私は30代・未経験・情報弱者と言っていい状態からフリーランスのライターになった人間だからだ。ライタースクールの存在すら知らず、Amazonで本を2冊買って独学で始めた。それでも3か月で、当時の初任給クラスの月収に届いた。
その後、年間1,700本を納品し、累計6,000記事以上を書いてきた。この本数をこなしてわかったのは、クライアントが本当に求めているのは「それっぽい文章」ではなく、「その案件、その読者だからこそ通る言葉」だということだ。AIは前者を量産するのがとても得意だけれど、後者は書き手が自分の経験や判断軸を渡さない限り出てこない。
つまり、AIを使えば使うほど、「渡せる経験を持っているかどうか」の差が開いていく。効率化された分の時間を、そのまま安売りの原資にしてしまったら、その差はいつまでも縮まらない。私が思想哲学DBのようなものを作ってまで自分の経験を構造化しているのは、この差を自分の側に残しておきたいからだ。
CWA(クラウドワークスアカデミー)の講師として、この4年間で約450名の課題を添削してきたことも、同じことを裏づけている。同じ課題文でも、添削で伸びる人と伸び悩む人の違いは、テクニックの有無より「自分の経験をどれだけ言葉にできているか」だった。AIに文章を整えてもらうこと自体は、もう誰でもできる。差がつくのは、その手前でどれだけ自分の材料を持っているかのほうだ。
私はこう考えている
AIを実務で使い倒すことと、AIを使っていることを誇ることは、まったく別の話だと思っている。
効率化で生まれた余白は、価格を下げる原資にするのではなく、自分の余裕とアウトプットの質に還元する。これが私の中でいちばん譲れない判断軸だ。テクノロジーは、その人の声が届く範囲を広げるための道具であって、それ自体が目的になってはいけない。
文章にはある程度の正解がある。フォーマットや型は、AIも人も学べば身につく。けれど、そこから先、自分にしか書けない一文をどこに置くかは、結局のところ自分の経験をどれだけ手元に残しているかにかかっている。私が情報弱者だったから伝えられることがあるように、あなたの経験にも、あなたにしか渡せないものが必ずある。
じゃあ、どうするか
大げさなシステムを組む必要はない。私自身、最初からNotionに立派なデータベースを作っていたわけではなく、数字や失敗を書き留めることから始めた。
具体的には、こんな粒度でいい。
- 案件でうまくいかなかったこと(失敗)
- なぜその選択をしたか(判断の理由)
- 相手から実際に言われた言葉(クライアントや受講生の反応)
- 数字で言えること(単価・本数・日数・件数)
これをメモしておくだけで、AIに指示を出すときの材料が変わる。「もっと自分らしく書いて」と頼む代わりに、「私は以前こういう失敗をして、こう考え方を変えた。その前提で書いて」と渡せるようになる。AIが一般論しか返してこないと感じるとき、原因の半分は、AI側ではなく渡している材料の薄さにあることが多い。
最初はノートアプリの隅に箇条書きするだけでも十分だと思う。私自身、今でこそ「思想哲学DB」と呼べる形になっているけれど、始まりはVoicyで話したことやXに書いたことを見返して、数字や失敗を拾い集めるところからだった。完璧な仕組みを先に作ろうとすると、それだけで力尽きてしまう。
もう一つ大事なのは、渡す発信先を1つに絞りすぎないことだと思っている。文章だけでなく、音声・SNS・ブログとそれぞれ違う場所に発信していると、後から見返したときに拾える経験の種類が増える。SNSでの発信の仕方や、自分の言葉をどう届けるかで迷っている人は、フリーランスのSNS発信について整理した記事もあわせて読んでみてほしい。
学び方そのものを見直したい人は、独学・スクール・ジャンル選びの考え方を整理した記事も置いているので、あわせて読んでみてほしい。
でも大丈夫だと思う理由
「経験を資産にする」と言うと、何か特別な実績や華やかな経歴が要るように聞こえるかもしれないけれど、そうではないと思っている。
私が最初に持っていたのは、決して華々しい実績ではなく、地味な記録の積み重ねだった。それでも、そこから積み上げてきた本数と年数が、今の私の発信を支えている。AIが台頭したからといって、これまでの経験がゼロになるわけではない。むしろ、構造化して渡せる形にした瞬間から、それはずっと使える資産になる。
AIに使われる側に回るか、使う側に回るかは、特別な才能の差ではなく、自分の経験を残しているかどうかの差だと思う。
それに、経験を資産にするというのは、何かを大きく変える話でもない。私自身、音声配信を長く続けていた時期に「なかなかうまくいっていない」という自覚がずっとあったし、途中で撤退を決めたこともある。それでも、うまくいかなかった経験そのものが、後から見れば「次に何をすればいいか」を教えてくれる材料になった。だから、途中でつまずいても、その記録自体を消さずに残しておいてほしい。
今日からで大丈夫だから、まずは1つ、うまくいかなかったことをメモに残してみよう。








